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アラブの神話・民話 arab Arab (arabun 発音記号) >>関連項目一覧

アラブ圏 「アラブ」という言葉の意味は、現代や歴史上で見解が異なるかもしれず、また多様化した現代の定義も難しい。
現代いわゆるアラブ諸国といわれる国々は主に西アジア・北アフリカ(サハラ以北)でイスラム教を信仰し、 アラビア語を話す人々が多い国となるだろうか。あるいは「アラブ連盟加盟国」もひとつの尺度か。 歴史上の位置づけや「アラブ」の語源なども含め後述する。
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アラブ、アラブ人の広義の定義づけのひとつに「母語をアラビア語とする」人々があげられる。 右の地図の色付けされた地域の人々があてはまる。 例えばエジプト人であれば、自分自身に「エジプト人、ムスリム(イスラム教徒)、アラブ人」という 3つのカテゴリを持つと考えるようだ。

以下、狭義の文化的側面で述べる。
アラブとは元々、砂漠の遊牧民を指す言葉だという。アラブには更にバダウ(バドゥとも。 「砂漠に住む人」の意。単数形バダウィー。 これが訛ったベドウィンがよく知られる)とシュワヤというたて分けがあり、前者はラクダ、またはラクダを主として遊牧するもの、 後者は羊、ヤギを主として遊牧するものをいう。バダウが最も誇り高く、自分たちのことをアル・アラブ(真のアラブ)と言ったりもする。

狭義の考え方だと、アラブとは民族ではなく、セム語系諸民族の間での生活環境・生業的たて分けともいうか、人間を砂漠の遊牧民アラブと 定住生活者のハザルに分けさらに、それぞれを2つにわけ計4種類に分ける。 ハザルは雨季に遊牧するライイェと、遊牧を全くしないカラワニの2つに分けられる。また農民のことをフェラヒンという。

・遊牧生活の形態による立て分け

    ┌バダウ  …ラクダを主として遊牧する者
アラブ─┤
    └シュワヤ …羊、ヤギを主として遊牧する者
         
    ┌ライイェ …雨季に遊牧する者
ハザル─┤
    └カラワニ …遊牧を全くしない者

アラブが他の三者に脅威だったのはガズウ(略奪)が習慣的、文化的に行われていたらしい事もあるようだ。このガズウは民話にも描かれているが、 若者達の勇気試しと部族の財産を増やすちょっとした冒険におこなわれる遠征であるという。成功すればラクダの群れを得るが、 もし若者が死ぬようなことがあれば何世代にも渡って部族同士の争いが続く。この略奪は同じ民族内の氏族集団の争いともなるようだ。

また略奪した際、犠牲者側が砂漠で生きていけるよう何頭か残していく家畜をいうウクラというものがある。 民話では家畜をとりかえす力のない老人が略奪者に「ウクラはどうした?」といって相手がウクラをおいていくやりとりがある。

この略奪は砂漠、オアシス、都市、どこでも行われたようだ。特に雨の降る、遊牧に恵まれた時期をラビーといって盛んに内陸への略奪が 行われたともいう。サウディ・アラビアのネジド地方南方のダワシル民族は、アラビア半島の東海岸沿いの民族がペルシャ湾の船から略奪すると、 その略奪品を略奪に行ったので恐ろしい相手として敬遠されていたという。このような略奪はジャーリヒーヤ時代(無明、暗黒時代)より イスラーム教の布教後では格段の差があり、イスラーム教が略奪や争いに対して抑止力をもたらしたらしい。

争いということでは井戸の支配権をめぐる戦いが繰り広げられ、シャイフ(「齢とった人」の意。遊牧民では族長を指す)と呼ばれる指導者は勢力圏内の 一族や客の安全を保障できないと、シャイフとしての一切の資格を失う。また弱い部族が金品を差し出して強い部族に隷従し庇護を受けることがあるが、 その部族は軽蔑され他のあらゆる部族と姻戚関係を持つことは許されないという。民話にもジプシー的な部族の者と姻戚関係が許されない話があり、 名誉を守るため婚資の倍の賠償を払って離婚する。サウディ・アラビアではこのジプシー的な存在の部族をスロッバといっている。
現在では民族間の戦争も略奪も罰せられるため行われてはいない。

シャイフが客の安全を保障するとあるように、過酷な砂漠の民らしく、例え敵対する部族の者でさえベイト・シャル(「粗毛の家」の意。ヤギの毛で 織られたテント)を訪れたものは三日と三分の一の間もてなすのが美徳とされる。いったん招き入れて食事を共にしたならば客として保護される。 父を怒らせてしまった恋人に、急いで食事をとらせる娘の話や、気前の良いもてなしで人々に称えられ、家畜の最後の一頭さえも、もてなしに屠るが、 その報いで再び裕福になる者、貧しくとも客の食事に借財までしてもてなす者の話などがある。アラブの民は名誉や誇りをとても大切にする気風があり、 それは生活の中から出てきた慣習法でもあるようだ。前述したものも含むのか、詳細はわからないがモスクやイスラーム聖法の法廷から遠く離れた沙漠で、 バダウたちはウルフという独自の慣習法によって生活してきた。

アラブの人たちの間で話されるアラビア語は、イスラーム布教前のジャーヒリーヤ時代の最も純粋な形態を留めるという。

アラブの民話ということで集められた民話は東はイラク、イランからアフリカ大陸のモロッコまで及んでいる。
このような(狭義,小地域の)民族に依らない伝統的な文化圏のあり方は人間社会の多様性を示すと同時に、ここにはイスラーム文化圏も大きく関わっている。
アラブ民話の世界や千夜一夜物語(アラビアン・ナイト)の成立には、聖地(メッカ)巡礼、東西交易を含めた文物の交流が成した部分も大きいだろう。

民話についてはイスラームの項目で詳細を述べるがムスリムの信仰の重要な要素である「ハッジ(メッカへの巡礼)」によって、多くの地域の民話が巡礼宿で 語られ、隔てられた地域の物語が互いに広まっていったと考えられている。



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以下、語源と古い歴史について述べる。
「アラブ」の語源は諸説あり、さだかではない。
ヘブライ語の「遊牧民」をさすことばとも、 メソポタミアの人々がユーフラテス川の西側に住む人々のことをそう呼び「西」の意味のセム語の派生とも。
最古の記録は、紀元前BC853年アッシリアの碑文に、シャルマネセル3世へ反乱を起こした王子たちに 「アラブ」のギンディブと称する者が1000頭のラクダを与えたと記されているという。
前6世紀頃までアッシリアやバビロニアの碑文に「アラブ」はしばしばみえ、アラビア半島北部シリア砂漠に住む遊牧民のことをさしていると推定 されるという。
アラブ人自身が、自分たちを「アラブ」と呼んでいる記録は、北アラビア語(正統古典アラビア語になった)で書かれたナマーラの墓誌 に出てくるものが最古。南アラビアの古代碑文は年代のはっきりしないが、おそらく紀元前末期-紀元後初期と推定。 これらも「アラブ」は遊牧民をさしている。
なお、『旧約聖書』には最古のアラブ人だろう人々の記録が残る。文書中に「アラブ」という言葉こそでてこないが、 「創世紀」第10章に、アラビア半島に住んでいる人たち、アラビアの土地のことなどが記されている。

コーランでの「アラブ」は、町の人間ではない者、砂漠の遊牧民という意味で使われている。
メッカやメディナの町の住民は「アラブ」とよばれていない。
ムハンマド(マホメット)の死後、 コーラン=アラビア語をともなったイスラム世界の広がりは「アラブ」という言葉を中央アジアから西アジア、 北アフリカ地域から、広く世界へ分布させた。



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以下、近代・現代でのアラブについて述べる。
近代社会になり国家制度や民族主義の勃興などで、「アラブ」人をさすのに都市生活や遊牧生活に関係なくなった面もある。 多種多様な人がアラブ民族としての意識をもつようになった。
現代での明確に定義することはむずかしい。多くの定義があるが 「イスラム文化を誇りとし、アラビア語を愛する者がアラブである」ということは一致するらしい。
現在アラブの人々は、中東(西アジア)以外に世界中にいる。
アラブを自認し、アラブ連盟加入する国は22ヶ国(2004年)。全体として国民としてより「アラブはすべて兄弟である」という意識のほうが強いらしい。
他の例でもそうだが文化的なことは当事者でないと良くわからないことが多い。が、おおむね「アラブ諸国」「アラブ世界」 というのは上記の地図やアラブ連盟各国などといえるだろう。

なお国名にアラブ等がはいる国に「アラブ首長国連邦 United Arab Emirates」(首都アブダビ)、「サウジアラビア Saudi Arabia】」(首都リヤド)がある。



古代、中世、近代に巨大で強大なアラビア系国家が興亡してきた。
これは14-19世紀にかけて、オスマン・トルコ、サファヴィー朝ペルシャ(イラン)、ムガール帝国 がある。

・医術、学問
ギリシャ世界の優れた学問を受け継ぎ、中世を経て再びヨーロッパへ伝えたアラビアの学問の意義は大きい。
5世紀にローマ帝国が没落し、古典時代の学問の中心地は西アジアに移り、 コンスタンチノープルとペルシアが、ガレノス派の医学研究の拠点になった。
アラブ世界でガレノス学説は、民間医療や古代エジプトから受け継ががれた学問と 混ざり合いアラブ人の侵略等でヨーロッパへ再輸入された。
重要な著作にアビアケンナが1020年頃記した「キタブ・アル・カヌン」(医学正典)がある。 ガレノスの原理を忠実に踏襲し12世紀までにラテン語に翻訳された。西洋の医学校でも代表的な教科書として使われた。 また東西交易する中で、アラブ人はディオスコリデスやガレノスの薬物学書 にナツメグ、クローブ、サフラン、センナなどのハーブやスパイスを数多く付け加えた。

なお、アラブといえば「アラブ馬」も有名である。 馬種のアラブの成立は不明だが、400年頃、トルコのカッパドキア地方の小格馬200頭がイエメンに贈られた記録がある。 これが「ソロモン王の所有馬」を祖先とする伝説もある。
ムハンマド(マホメット)が馬産を奨励したといわれるようだ。







参考資料
アラブの民話 (イネア・ブシュナク:著 久保儀明:訳 青土社)
千夜一夜物語〈第8〉―バートン版 (1967年)
・日本大百科全書 (執筆者: 小学館)
・大辞泉 (JapanKnowledge)
Unicodeアラビア文字一覧

 
関連項目一覧
イスラーム 【文化地域項目】
イフリート 【イスラーム:アラブ:ジン】
イフタム ヤー シムシム (開けゴマ) 【アラブ:千一夜物語:呪文】
グーラ 【イスラーム:アラブ:ジン】
グール 【イスラーム:アラブ:ジン】
ジン 【イスラーム:アラブ:ジン】
ブラーク 【イスラーム:馬】
マーリド 【イスラーム:アラブ:魔物:ジン】

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